私たちの心に無限に広がる究極の癒し空間

井上摩耶 × 神月ROI コラボ詩画集
『Particulier~国境の先へ~』
【書評】無限に広がる究極の癒し空間

私は、この詩画集を手にするときを…今か今かと待ちわびていた。井上摩耶さん神月ROIさんは、私の憧れの詩人である。アンソロジーエッセイ集『それぞれの道』(コールサック社)に書かれていたそれぞれの、壮絶な人生も強く心に残っている。

内的世界から現実に手を伸ばすように広がる、摩耶さんの詩は描写がとても美しい。自分の内面をありのままに表現していくスタイルも魅力的だ。摩耶さんの詩が自然と心に入ってくるのは…詩の中に読者の居場所があるからだと私は感じている。読み進めると…摩耶さんの側に寄り添っているような感覚になるのだ。それは、摩耶さんが人と人の心のつながりを大切にしているからうまれる空間なのかもしれない。

詩 井上摩耶, 絵 神月ROI, 出版社 コールサック社

発売日から数日後に『Particulier~国境の先へ~』井上摩耶 × 神月ROI詩画集が私の元に届いた。

そして私は…表紙絵に描かれた強烈な心眼を持つ男性と目が合ってしまった。人間の本質を見抜くような鋭い眼差しをこちらに向けている。どこか怖い、けれど…目が逸らせない。男性の側には凛とした女性が佇んでいる。

神月さんは、摩耶さんの第三詩集『闇の炎』の表紙絵も担当されており、「一人っきりで佇んでいた翼の折れた天使が…今回の表紙絵で傷を癒して立ち上がったイメージを描きたかった」と、作者対談で語られている。女性は、翼や心の傷を癒して立ち上がった天使のようだ。

「側に寄り添って支えてくれる男性の方は明らかに堕天使か悪魔の様に描きました。でも悪魔だの堕天使だのは俺達が知らないうちに迫害した傷跡の様な存在なのかも知れないとか思ったり」… と奥深く『~国境の先へ~』というサブタイトルに繋がりをみせている。

神月さんは、作家、画家、詩人など…多彩な才能の持ち主だ。詩誌『コールサック』に連載の「組詩 秘められた神話」には、痛烈に刺さる真の愛の言葉が書かれている。

そんな…お二人のコラボレーション作品を、じっくり堪能してみたいと思う。

スポンサーリンク

【望み】は、詩が渦巻き状に掲載されており、グルグルと詩を読み進めると、摩耶さんの世界に吸い込まれてゆく。この詩は、14歳の時に書かれたものだそうだ。〈私たちが 誰かの望みで生きているのなら/まるで結末のわからないゲームをしているようで/それならば いっその事 答えを見てしまえば楽なのに〉と、胸が張り裂けそうな思いが伝わってくる。
絵画には、時間軸を歪めたような時計が描かれており、渦巻き状の右ページとリンクしている。「幼い海の女神の様な女の子」や、「人間ドラマ」が描かれたトランプが宙に舞い、幻想的風景が広がっている。

【国境】は、国や人種、文化を超えて、お互いを思いやる心の大切さを改めて実感させられた。隔たりのない世界へ… 平和への願いが込められた作品である。
絵画には、両わきから伸ばされた手の先に… 「駱駝に乗った有色人種の男の子と、迷い込んだ白人の男の子」が描かれている。背景には、紫色を基調とした優しい色合いに… 溶け込むように、地球が描かれている。

【感染するさみしさ】
〈この病気は/一人で苦しむ/いつまでも 心に残る/さみしさだ〉〈始めは 皮膚から/そして肉を通り/血管を流れて/心臓に 染まった/ついに私も…だ〉からだ… 心が、さみしさという病気に侵食されていく様子を、ありありと表現している。絵画には、鏡に映った女性の横顔が描かれ、孤独の闇の深さを物語っている。〈誰に伝えよう/誰にうつそう/このさみしさ〉という最後の詩句にはゾクリとさせられるが、同時に、切迫感が漂うさみしさが伝わってくる。
絵画には、光の反射が美しく描かれており、女性が鏡の奥に遠ざかっていくような、動きが感じられる。感染者は、閉鎖された鏡の世界に行くのだろうか… 想像が膨らんでゆく作品である。

【心のレース】
〈私の心は ママが編んでくれた/白いレース/一針一針ていねいに編んでくれた/fragile だけど 柔らかいレース〉「白いレース」という表現がとても可愛いらしく、純粋な子どもの心を感じさせる。〈でも、いつからかな?/小さな穴があいたと思ったら/ホロホロ ほどけてしまって/いつの間にか 大きな穴になっていた〉と続いてゆく。
絵画には、ひだまりのような光に包まれたレースが描かれている。傷ついた心を優しく包むような、柔らかい色合いだ。

【広がる海】は、「海の詩集」(コールサック社)にも掲載されている、摩耶さんの代表的作品のひとつだ。詩画集では、詩が波打つように掲載され、「海の詩集」と違う味わいをみせている。
絵画には、寂しげな、どこか怪しげにもみえる女性が描かれており、神月さんの世界観が感じられる。女性の髪がまさに「広がる海」の情景と重なり、詩と絵が溶け合う見事な作品だ。

【さみしんぼ】
〈湿った空気の中買い物袋下げて歩く坂道〉〈気づくと後ろにいつもの気配/「さみしんぼ」だ/また付いてきたのか/厄介だなぁ〉と、日常風景に「さみしんぼ」が付いてくる、不思議な世界観だ。さみしんぼは、玄関先まで付いてきて〈ドアを開けてよ、クタクタだ〉と〈ずいぶん図々しい〉。ストーリーは寂しい結末を迎えてしまうが、絵画には、涙をこらえる大人の女性が描かれている。その姿はとても凛々しく、中性的な色気を醸しだしている。うっすらと浮かぶ女性の影には、頬を伝う涙が描かれ、複雑な感情を表現している。

【ベール】は、詩と絵が交差し広がりを魅せる、見事なコラボレーション作品だ。
〈この湧き水のような感情はなんだろう?/心の奥から絶えることのなかったように溢れだして/全身を包む ベールのように〉… 絵画には、みどりの花園で、ベールに包まれて眠るお姫様が描かれている。風に揺られ、ベールのハンモックが揺りかごのように揺れている。
〈まるでカラカラに乾いた後の涙の一滴一滴を/集めて涌き出るこの感情が 愛なのか?/それならば気づくのが遅かった〉… エメラルドグリーンの長い艶髪は、ときの流れを告げているのだろうか… ベール越しに透けて見えるお城は、廃墟なのかもしれない。
〈揺りかごに揺られ なんの不安もなく/このままずっと包まれていたい/少し遅れてくる春の夕暮れ時に〉… お城の向こうには、淡い夕暮れ空が広がっている。

【青い砂時計】は、詩世界に摩耶さんの気配が感じられる作品である。〈あなたと出逢った瞬間 置き去りにされた砂時計がまた動き始めた/サラサラ サラサラ/まるで海でも 雲でも見ているかのように/ボーッと ずーっと〉と、砂時計に心情を重ね、心が動き始めた瞬間をリアルに表現している。
絵画には、宇宙の銀河をバックに、ミントブルーの砂時計が、サラサラと時間を刻んでいる。思わず触ってみたくなる、本物の砂を感じさせる絵だ。作者対談で神月さんは、「『青い砂時計』と『砂丘を描く女性』は若輩者ながら砂やガラス繊維を混ぜました」と語られている。芸術的感性の豊かさが感じられる、素晴らしい作品だ。〈この砂時計はいつだって あの時から これからだってずっと/私が見ているようで 本物は私たちを見守っている〉と、詩世界に刻まれた言葉に、再び壮大な宇宙が広がってゆく…。

【回想桜】は、愛する人と過ごした、かけがえのない十年の想い出が綴られている。〈いつの間にか記憶の底に追いやられた季節/夏を好むあなたを思った瞬間/コップの氷がカラン といった〉という冒頭の詩がとても切ない。儚げな女性の姿が浮かんでくる。
絵画には、色褪せた雰囲気の並木道を行く… 女性の後ろ姿が描かれている。背中にもの哀しい雰囲気が漂う。黒いドレスを纏い、歩んで行くその道は、女性の人生を表しているかのようだ。

【死期】より〈「まやが生きている限り、パパも生きるよ」/そう言って 握ってくれた手/力強く どこかよわ弱しく/それでも 気持ちのどこかで繋がっていた〉〈パパありがとう〉
作者対談より 神月「『死期』の絵は、摩耶さんのパパリーナの魂が銀河を生み出した様な… 摩耶リーナの中でパパリーナは生き続けているから…。」
井上「パパリーナですか… 。確かにあの絵は火の鳥のように、宇宙に向かって行く感じがして、父の魂を良くぞこんなふうに描いて下さったと、感動しました!摩耶リーナって… (汗)初めて言われた。 」

【ねぇ神様】は、素直な心で自分の内面と向き合っている。〈ねぇ、神様何かおかしいよ/こんなに幸せなことが起こってるのに/どこか絶望してるんだよ/寂しいんだよ〉と、魂の叫びがひしひしと伝わってくる。
絵画には、天国のような空間が広がり、ふんわりとした羽根の上に、願いを捧げる女性が描かれている。描かれたもの全てが生き生きとし、映像を観ているかのように、ストーリー展開がみえてくる不思議な絵だ。最後の詩句に〈また立ち上がれるように/手をかしてほしいよ… 〉と、摩耶さんの願いが込められており、その願いを、神月さんが絵の中で叶えていく…
天から光が射しこみ… 青い鳥が十字架のネックレスを届けに行く。赤や黄色の花ばなが、シャボン玉が割れるように次々に花開き… 願いは叶えられていくのだろう。

【一人の夕べ】は、〈何故人は 人を/家族を 他人を/愛し 愛されたいのか?〉という、自分自身への問いかけが繰り返され、一連一連が心に深く刻み込まれる。〈自己暗示にかけて安らいでいる 不幸だと/思わせる錯覚が/今夜もやって来る/この 痛みを/この妄想を/私は愛さなければならないのか?〉という悲痛な思いや、〈まるで何も知らなかった赤子の時のように/母の胸の中で眠りたい…〉という願いを抱きながら、〈未だわからぬままに/夕暮れは訪れ/かすかに聞こえるセミの声と共に/この夏を感じている〉…
絵画には、林に降り注ぐ木漏れ日が描かれている。夏の日差しを感じさせる強い光と、黄金色に染まった夕焼けが、木の葉の間に滲み、詩世界を忠実に表現している。

無限の広がりをもつ、詩と絵のコラボレーション。
味わい深い作品を堪能して、私は本を閉じた。詩世界の切実な思いや、絵画に込められた想いが染み入り、心がほんわかと温かい。 『Particulier~国境の先へ~』には、素朴な癒しがある。私はこの詩画集を通して、芸術の癒しの力を実感した。

摩耶さんの詩群は、溢れ出る様々な感情と向き合いながら、素直な心で自分を見つめている。自分を飾らず、嘘偽りのない言葉で書かれた詩だから、人の心に深く突き刺さるのだろう。

私は、等身大の自分を見つめる作業には、不快な感情と向き合わなければならない瞬間があると思う。寂しさや悲しみ、劣等感、嫉妬心など、それらの感情と真剣に向き合うとき、人は「本当の自分を生きる」ことが出来るのではないだろうか。心の傷に触れるのは苦痛が伴う。とても耐えられそうにない… 孤独の闇にうちひしがれ絶望感に苛まれたとしても、「決して一人ではない!」そう感じさせてくれるのが、芸術の癒しの力だ。

この詩画集には、摩耶さんの詩世界を見つめる神月さんの姿がある。絵画から滲み出る様々な感情は、摩耶さんの感情であったり、神月さんが人を思いやる心の表れなのだろう。繋がる心… そして、そこから広がる神月さんの世界がある。

自然な心の広がりは、手と手を繋ぐように私たちの心にも広がってゆくだろう。

『Particulier~国境の先へ~』
(パルティキュリエ)

一人一人の心の平和が、世界平和へと繋がっていくと信じて…

癒しを与えてくれるこの詩画集に、私は心から「ありがとう」と伝えたい。

詩 井上摩耶, 絵 神月ROI, 出版社 コールサック社